1978年ころ コンピューターが現れた|ぼくの海外広告アドベンチャー時代
確かな年度は不明だが、私が広宣Gへ移動し、トラック関係の担当と広告費の予算管理も担当していた頃、会社で初めてのパソコン説明会なるものが開催された。開催案内を読んで、大いに喜んだ。

三菱電機の「Multi16」。今のエクセル的表計算です。8インチのフロッピーディスクでガッチャンガッチャンと動いていた。
どうやら、簡単に計算などをしてくれるらしい。私自身は広宣費予算の作成、使用実績の管理などで、これまではやっと普及してきた計算機で仕事してきた。しかし、このパソコンを使えば、革命的に簡易にそして速くなるような気がした。
もちろんその会社の第1回目の説明会に出席した。
説明を聞いて、どうしても、すぐさまにでも、利用したかった。
「後日、学ぶ教室を設定して研修します、但し、すぐ必要と思われる人には個別に指導します」、とのことだったので、即、手を挙げた。
5台ほどのPCが並んだPC室ができていて、手ほどきをしてもらい、自分で進め、分からない所は聞く、と言う感じで進んだ。
操作はそれほど難しいことではないが、何かすぐデータが消えてしまう、のが大変だった。つい、セーブを忘れてしまったり、何かちょっとした誤操作をするとさっさと消えてしまったり。
でも、もちろん、計算機でパタパタやるよりずっと速いことには間違いない。だんだんと熟練し、なくてはならない物になった。
こうしてパソコンの時代は始まり、多分、文系ユーザー社員としては、会社内で最も速い人間の一人だったと思う。
昔、入社当時、そろばん片手に三人が朝が明けるまで計算して、たった1万台の車の縦横が会わないで涙を流した事が嘘のように、何十億円と言う金を縦横に一瞬の内に計算し、縦横はぴったし合うのだ、時々一瞬の内に全ての数字が消えるけれど。