「おれたちのジャズ青春記」 を再読したら、BigBeatも・・・
先日明大前マイルスに行ったら、まだお客は居なくて、カウンターで聞いていた。
ママさんがママさん席で見ていた年賀状のようなものを見せてくれた。
開店以来の常連客で、つまり高校生時代からの常連と言うことらしい。
昨年のママさんリハビリ中に亡くなったとの事、漫画家で、毎年丁寧に描いた年賀状をもらったとの事で、懐かしんでいた。
ちょっと昔に意識が行ったのか、「私の文章を読んだことがある?」と。
「ええ。ありますよ。」
もちろん読んでいた、のだが、帰って再読してみた。
「おれたちのジャズ青春記」。

さまざまなジャズ喫茶のマスターやママさんがジャズ喫茶を開くまでの熱闘記録である。
読んでいると、ジャズファンの誰にでもある、ジャズに落ちた瞬間が鮮烈に書かれているし、そしてジャズ喫茶を開くまでに至った、経緯が楽しい。
その中で、忘れていたのだが、京都「ジェル」三原孝志氏の文章「70円を握りしめて通ったダウンビート」にビッグビートがでて来る。
ビッグビートのマスターとの会話、そしてジャズ喫茶を開きたいと向かう。
「ジェル」も木屋町辺りの「ダウンビート」も記憶に無い。
読んでいると、私よりかなり年上の感じがする、多分5-6歳は上でしょう。

最近、明大前のマイルスに2度ほど行って、このwebを知りました。
『おれたちのジャズ(狂)青春記』(現在は改訂版『ジャズ喫茶が熱かった日々』)の話で、マイルスのママが掲載している頁の2つ前に「70円を握りしめて通ったダウンビート」が載っています。書いたのは、夫です。
たくさんの記事をゆっくりと読ませていただきます。
そして、私もマイルスはじめ新たな「ジャズ喫茶行脚」に出たいと思います。ありがとうございました。
どうもありがとうございます。個性爆発の各々のジャズ喫茶は、おもしろいです。お元気に。
『おれたちのジャズ(狂)青春記』が手元になく、図書館で借りるまで時間がかかり旦那さんの件、遅れました。三原孝志さんの文章のでは、シャンクレールやブルーノートには当時行った事がありますが、ダウンビートや『ジェル』には行った事がありません。時期が微妙に違うのでしょう。私が京都にいたのは、1966年ー71年くらいです。ですから、後半に出てくる、ビッグビートには良く通いました。懐かしいですね、多分同じ時刻にビッグビートに一緒に居たことがあるでしょうね。宣伝になりますが、アマゾンで「ジャズ喫茶リスペクト巡礼」と検索していただければ、私の20年分くらいのブログ(殆ど現実のブログにも載っていますが)が本になっていますので、気が向いたら見て下さい。お元気に。