村上春樹の「意味がなければスイングはない」② キースとチック

その他のジャズメンに対して、かなりの偏りが見られます。 シダーについて、「その自発的な自然な斬新さは・・かっての「新主流派」のスターであったハンコックやマッコイやキース・ジャレットの、ブランド的に固まってしまったような、時として息苦しくもある演奏スタイルよりは、今となってはよほど好ましく感じられる。」と、新主流派に対し否定的。 ウィントンの章で、「僕はキース・ジャレットの音楽の胡散臭さよりはウイントン・マルサリス音楽の退屈さの方を、ずっと好ましく思っている。そして、同じ退屈さでも、チック・コリアの音楽の退屈さよりは、こちらの方がよほど筋が良いと感じている。」 胡散臭いとか退屈とか、かなり厳しい表現ですね。 で、どうやら、このキースへの評価とかチックへの評価は別に今始まった事ではなく、村上氏がジャズ喫茶を開く、昭和49年?(1973年)、つまり最短でも36年前にはそのように思っていたのである。<もう少し言うと、チックもキースも1968年に初のリーダーアルバムを出しているし、1970年にはダラー・ブランドが衝撃の「アフリカン・ピアノ」でデビューを果たしている。ダラー・ブランドには驚いた記憶がある=まだジャズにはこんなフィールドがあったのだ、と・・・> ジャズ批評誌の増刊号「ジャズ日本列島50年版」でのアンケートに対し、国分寺市の「ピーター・キャット」のマスターであった村上氏は、次のように返している。    1)開店何年目ですか:「1年目」 4)どんな傾向のジャズが好きでミュージシャンは誰が好きですか?:「50年代のものがほとんど。ゲッツ、マリガンが好きです。チック・コリア、ダラー・ブランド、キース等は一枚もないので宜しく」 8)ジャズ界に言いたいこと:「みんな好きにやればよい、聞き手が勝手に選ぶのだから・・・」 当時、新しく出てきたチックとかダラー・ブランドとかキースを拒否しています。1枚もない、って。 村上氏のジャズ喫茶は、ジャズという音楽に対してではなく、自らが良いと思うものしか提供しない、言わば「趣味的ジャズ喫茶」だったようです。 私などが、チックにも、ダラーにも、キースにも大感激していた感覚とはずいぶん違います。彼は、新規なスタイルは好みでなく、オーソドックスなスタイルで、深く、深く、追求してゆくミュージシャンが好きなのでしょうか。 今後のジャズはどのようになって行くのでしょうか?もはや、コルトレーンやマイルス並みの人が出てくるとは思えませんが、マルサリスではないでしょう。

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